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節分から立春まで、いろんなものが破壊されて…

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このサングラス、かれこれ10何年も使っていて、あちらこちらの部品が欠損していたけれど、それでも丈夫だし、オークリーのを他にも持っているのに、このオークリーだけ使用していたのですが!とうとう、使用感が悪くなってしまったのです。それも、この画像では見えないけれど、レンズに大きな傷を付けちゃったので… これを落として、その上に私が転んだので、余計に傷が大きく擦り傷のように付き、よく見えなくなってしまったのです。

そもそもの始まりが… 節分の朝。

ジョギング中にコケたことはあっても、今までの人生で転んだことがなかったのに、平坦なところで急に転んで、前にドシン!思わず、手首を付いたけれど大丈夫。膝小僧はパンツの長さが膝下パンツだったので、そんなにひどくはならずにOK!

ところが、このサングラスは使用がほぼ不可能に。プラス!!!。゚(゚´Д`゚)゚。

なんと、まだ購入して1年のiPhoneの画面にもヒビが1本横に入ってしまいました~!!!

これにはショック。それも翌日の立春になるまで分からなかったのでした。

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(汚い画像ですみません)

こんな膝小僧になっちゃうし… (あっ!小さな時からおてんばなので、膝小僧は生傷が絶えない人生…)

お気に入りのコップを割り、これまた大事な中国製の茶器を割り、コップの破片が冷蔵庫のドアの下に隠れていたのを知らずに冷蔵庫を開けた時に、足指に刺し… これを取るのに大変でした!血だらけになっちゃったし…

プラス、ヴァローナの高級チョコレートをほぼ1kg(4,000円以上!)を焦がし、etc.

節分に豆まきしなかったのが、いけなかった!?笑

だって、邪悪な気を払うそうですよね。(ノ_<)

まあ、怪我が多いのは、これは私の宿命らしいので、小さな怪我をたくさんして、なるべく大きな怪我をしないように… 無意識レベルでそう、心がけているのかもしれません。

本当に私は、子供よりも傷が多いんです。昔から。ほぼ1年前に鎌倉のよく当たる占い師さんに、いろんなことを当てられて驚いたばかりではなく、急に彼女が、「あなた、怪我が多いでしょ。すごい怪我したことない?」と聞いて来たので尋ねてみたら、私はそういうものを持っているそうです。((((;゚Д゚)))))))

思い当たることは数知れず。外科処置で縫ったことも4回、骨折も数回、他いろいろと。でも、それぐらいで済んでいるので、不幸中の幸いです。だいたいが、女子がしないことを平気でする、冒険も危ないことも好きという私。

でも、私は『守られている』と強く信じているので、これからも大丈夫だと思います☆

信じるものは救われる~!

で、破壊の時が過ぎ去ったので、今は新しいことが起こることを待機中。笑

新しいことが起きる時には、破壊があり、あるいは古いものを捨て去ったりと、いろいろと動くんです。自分の意思とは裏腹に。

誰も何も破壊したくないし、古いものには愛着があって、捨てられないし… 


今、新しいことを待っているのですが、はい、自分で動かないといけないのです。もうお膳立ては出来たので。でも、自分のエゴで動きたくない。どうしても、嫌だという子供の自分がいるのです。インナーチャイルドの自分が嫌ということを、私がする気には、まだなれません。

でも、しなくてはいけないし、もうその時期が来ているので、どうにかこうにか。自分の中の子供ともっと向き合ってみようと思います。

頭の中の考えは、マインドの考え。論理的であるし、警察官みたいでもあります。

心が出す答えは、いろいろと… でも、心で本当に望んでいることでなければ、何かしても結局はうまく行かないのです。どんなに論理的に諭しても、心の声は強いのです。

それが悪いとか、良いとかではなくて、私は心の声に従おうと思っています。それが自然なんです、私には。

今までそれに気づかずにマインドが良かれ(一見、それが100%正しくても)と思ったことばかりした時には、結局、何か起きて、また同じことをしなくてはならなかったり… 遠回り。やり直し。

それなら、心の声を聞いて、時間をかけて決断をしてもいいのかしらと思い始めました。

心の声がエゴということもあるので、それはよく判断して、心が納得してから何かをする。さて、今晩もそんな心との対話をする予定。そんなことして何が得?とか思われると思いますが、これが大アリ!

心ががんじがらめになっている鎖や、古いものを捨て去ることが出来るのです。それによって解放があって。心が軽くなると、何でもまたスムーズに廻り始めるのです。

心の声にまずは、耳を傾ける。そういう時間があっても、いいのかなって思います☆

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テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

不思議と悪癖が止められて…

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去年の4月の終わりから続いていた問題があった。それは、ネットゲームだった。携帯ゲームもやっていたので、かなりの時間をゲームプレーに費やしていたと思う。それは、メインのブログを止めた時と重なる。つまり、それを埋め合わせるように始まったのだ。

かなり中毒していて、寝るのも惜しんでプレーしていたぐらいだから、大変だった。最初は罪悪感があったけれど、いつの間にか、それもなくなり、いつの間にか課金も始めて完全にハマってしまったのだった。

ゲームは、自分の庭を持ち、そこに作物や花を育てていろんなタスクを終了すると、ご褒美がもらえるタイプのゲームと、携帯の方は、ちょっとしたパズルゲームのようなものだった。私は性格的に1度始まったら、完全に終了するまで寝食を惜しんでやり通すタイプなので、少しだけ遊ぶということが出来ないのだ。

自分でも問題だと理解していたけれど、それを止めるとは思えなかった。

ある日、仲の良い友だち2人に自分のこの問題を話したことがあったのだけれど、彼女たちの良い点はその事柄について批判しないことだ。私と、私の問題を分けて考えてくれる、ありがたい友だちである。

そして、今年になって、彼女たちに言った言葉があった。

「自分でやっと、(課金するような人間でも)、まあそのままでOK! いつかは止める時が来るだろうから、やりたいのだったら、そのまま続けたらいいよ、と思えるようになったよ。ありのままの自分を受け入れることが出来たの」と話したのだった。

そんな情けない自分を良し悪しの判断を付けずに、『ゲームに夢中になる自分』を完全に認めて受け入れたら、なんと!

言った直後に、スッパリとゲームを止められることが出来たのだ。まるで憑き物が落ちたように、ゲームに何の未練もなく、魅力も感じずに自然に終了したのだった。それ以来、ゲームをする気にもならなくなった。

不思議だけれど、事実を認めて、そういう自分を判断なしに受け入れたら、悪癖を止められたのだった。

それ以来、ほぼ1ヶ月。今となっては、何でネットゲームにハマったのかも分からない。

今は、こうやって、ジムで本を読むことも。ちょっと前までは、読書ではなくて、バイクを漕ぎながら携帯ゲームに夢中だったのだ。

今までゲームに費やして来た時間で読書したり、運動したり、いろんな自分の成長に必要なことをするようになった。

何よりも、またきちんとジョギングするようになった。週3回は走るように。本もたくさん読むようになって、なんとなく気持ちがいい。

それにしても、この8ヶ月半は何だったんだろう?病魔に憑かれたようにゲームに励んでいたのだった。何もかも、後回し。まずはゲーム。瞑想も運動も読書も家事も後から。

臭い部分の自分には、向かい合いたくないものだけれど、そういうところもあるんだと素直に認められた。そういう自分でも、いいんだと認識した時に、その『臭い部分』の自分がなくなった。それもすぐに。面白い!

よく瞑想中に『妄想が湧く』ので困ると言うと、瞑想の先生は、こう言う。

妄想と一緒に座りなさい。妄想があると認識しなさい。それを悪いと判断せずに、ただただ一緒にいることを認めてあげなさい。そうすると、いつの間にか、妄想が消え去っているものですよ。

これは本当だ。

認めるっていうことは、受け入れること。

受け入れることって、素直な心でなければ難しい。清明な心でも言うべきか!?調べてみたら、清明とは、文字通り、清く明るいことらしい。あとは、やはり根本にあるのは、愛なのかもしれない。

昔は自分が好きじゃなかったけれど、カミーノを歩いて自分自身と初めて向かい合った時に、『私って、そんなに自分が思っているほど悪い人間じゃない。そんな自分が好きかも』と初めて思えた。

それ以来、だんだんと、どんな醜い自分でも、受け入れることが出来るようになった。考え方が変化した。

『そうか、そういうのもありだね』と一旦、受け入れる。何も判断せずに。変わりたい時には、変われる自分がいるということを知っているから。

元々、私は性悪ではないと思っているので、『悪いこと=自分に合わないこと、人を困らせること』は気持ちが悪い。なので、そういうことを続ける裏には何か理由があるのだ。

それを知りたいとは思うけれど、深く掘り下げても仕方ないので、ただただ事実を受け入れる。そういうことをしている自分を認める。

そうすると、そういうものが自然と消え去っていくようになった。

それを自覚したのは、つい最近なんだけれど、今はかなり自分自身も楽になった。自分の中にある、知らない自分、臭い自分、ふたをしてしまいたいぐらいに恥ずかしい自分、醜い自分、他いろいろな自分がいるけれど、それも『ありだよ』と思える、心から自然に。

それでいいんだよ。ありのままで。人間らしい自分でいい。

やっと気づいたそのルール。自分を認めるって、自分を愛することだ。

それが出来ると、他人も愛せる。それも、いとをかし。笑

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テーマ : 日記
ジャンル : 日記

Sacred Frankincenseを噛んだら。

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友だちのうちで珍しい経験をした。フランキンセンスは太古の昔から乳香として知られた樹木の液体を固めたもので、そのうちでもSacred Frankinsence(神聖な乳香)は、特別なものだそうだ。

オマーンに旅した友だちの友だちが、その珍しいSacred Frankinsenceを買って来たのをひとつ分けてもらった。

ガムのように噛むらしい。

小さなかけらを噛みだした途端、形容しがたい経験をした。その香りも味わいも、ひどく懐かしく、心が心地よく揺さぶられた。知っている。これ。

いつのことなんだろう?

きっと前世のどこかで噛んだことがあり、それが今の自分と繋がった。つまり、自分自身を新たに発見したような気分になった。

素晴らしい芳香に包まれて、心安らかに完全にリラックスして本当の自分とコネクトした気がした。溢れる涙。知っているよ、これ。古い記憶が途端に開放されて、どこかに消えてて行った。

素晴らしい体験だった。

こういう機会を与えてくれた友だちに感謝☆ 

とにかく不思議だった~!

スーパームーンのDetox Day

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このごろのマレーシアは毎日、必ず午後に雨が降る。それも短時間なのだけれど、時には嵐のようになってドラマチックでもある。だけれど、そういうのが困るときも。月曜日は世界中でスーパームーンを見ることができるはずだった。ところが、KL付近は満月は雲隠れしてしまうところもあって、運よく見ることが出来た人たちもいたようですが、私たちはダメでした。

でも、きっと朝なら月が見れると確信していたので、それを楽しみに☆

マレーシアの夜明けは遅くて朝7時近くになる。自然に朝6時に目が覚めた。アラームをセットし忘れていたのだけれど、ベッドサイドのiPhoneを見たら、6:00ジャスト。

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じゃ~ん!やっぱり、出てた!途端にうれしくなった。

雲に隠れてロマンチック。

この朝は、ベランダで月光浴しながら瞑想することにした。ミーシャも一緒。

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カリッシと夫は、まだ夢の中☆

瞑想が終わって、朝も明けて。たまには、自分のメインテナンスをしよう~!明日は、やっと専門医に私の症状を診てもらえる日。このごろだいぶ症状が治まって来たから、このままでいて欲しい。あるいは私のバセドウ病のように寛解(かんかい=病気は消滅しないけれど、数値的に正常値になること)になって欲しい。

もちろん、病名は分からないから、専門医に行くのだけれど、だいたいの検討が付いているので、その専門医を選んだ。

夫がまず私の異変に気付いて、次に魔女友だちのひとりが気付いた。私は、彼女が私のその小さな症状を見たときの彼女の顔色がサっと変わったことを一瞬のうちに読み取った。一緒に居合わせた2人はまったく、私たちの間に走ったその瞬間を分かっていなかったけれど、明らかに彼女は私の異変に気付いたのだ。

それから1か月後、私は魔女友だち3人の前で、その異変を見せて専門医に行くことにしたことを告げた。

その時にすぐさまリアクションをくれたのは、例の友だちだった。

「そうなのよ、先月、言おうと思ったんだけれど、余計な心配をさせるといけないと思って言えなかったんだ...」

そこから、彼女の母親が私と同じような症状があることを教えてくれた。それは私が自分で勝手に推測していた病名と一緒だった。とうとう、来たのか... 10年前に検査を受けたときには、「あなたが発病するのは、ごく小さな可能性です」と言われたのに。

その検査のことも忘れていたのだけれど、友だちの言葉でその検査内容までしっかりと思い出した!

夫は、実は3年前から、「おかしい」と思っていたらしい。確かにその時はひとつだけだった。それが今は2つに増えている。

まあ、今は痛さはあまりないから、自分的には大丈夫だと思っている。もしかしたら、全然違うことかもしれないし。杞憂でありますように☆

それに普通に日常生活を送れているし、きっと同年代の人たちよりも、私は体力もあるし運動能力も高い。それはとても感謝するべきことだと心から思う。ずっと、ずっとそうでありたい。なので、デトックス!笑

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足湯には、エプソムソルトとエッセンシャルオイルを。今回、選んだのは、クローブ、ローズマリー、ペパーミント、レモン。デトックス系のものばかり。笑

気持ち良い時間が流れて、心も体も緩んだよ。

ついでにフェアリータロットカードを引いてみたら。( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ

今の自分にピッタリの言葉が。

節目なんですね、やはり。人生、楽しまないと~♡ つくづく、そう思います。

Dr. Jane Goodallの講演会。

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KLにやって来たDr. Jane Goodallのスピーチを拝聴する機会に恵まれて行って来ました。彼女は、世界的なチンパンジーの行動学の権威であって第一人者の研究者、国連の平和大使でもあり、御年82歳にして1年で300日以上、世界中に講演のために飛び回っています。シャキっとしたお姿と歩き方は若い人そのもの。頭脳明晰で今でも、素晴らしいスピーカーであることに高齢者という印象はまったく受けませんでした。

何よりもお話が面白く、感動あり、知識が深まり、彼女の魅力に引き込まれて2時間があっという間に経ってしまったのです。それほど素晴らしいトークでした。

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彼女はまず、ご自身の母親について述べられました。

1歳半のジェーンが、そのころから動物や虫などが好きであって、両手に抱えきれないほどの虫を部屋に持ち帰った時のこと。これは後程、博士が大きくなってから聞かされた話です。

博士の母親は、「ジェーン、これらの虫たちは外で幸せに暮らしているの。うちの中では窮屈で食べ物もなくて死んでしまうのよ。だから一緒に元の場所に返してあげましょう」とだけ言って、そのまま静かに一緒に虫を外に放ってあげたそうです。

普通の母親なら、虫だらけの娘を見て驚きの叫びを上げて幼児を怖がらせたと思えます。

またジェーンが4歳半の時に、ロンドンから郊外の農場に遊びに行ったときのこと。母親から、「めんどりの卵を集める係になってみる?」と動物好きのジェーンに話しかけたそうです。ワクワクして幼いジェーンは、颯爽とめんどりを見に行ったそうです。

近づくと逃げまどい、卵はそういう環境では産まないということに気づいた4歳半の彼女はそっと鶏小屋の隅にあった干し草の山の脇に隠れて何時間もそこで鶏を観察したそうです。そして、そこで気づいたのは、鶏は静かでやや暗い場所で卵を産むこと。その場面を目撃してとても感動した幼少時のジェーン博士でした。

すっかりと周りが暗くなって、干し草まみれで農家に戻ったジェーンを、気が狂うほど心配して探していた母親は、ジェーンを叱ることもせずに興奮と大発見で目を輝かせた幼児を座らせて、その話を聞いたそうです。

そして、母親は叱ることも、やっと娘が見つかって安堵感からヒステリックになって叫ぶわけでもなく、ただ一言、「そんなに動物が好きなら、お小遣いを貯めて古本屋で動物の本を買って勉強したらどう?」と勧めたらしいです。

そこからジェーンは毎月もらうお小遣いを貯めては、大好きなアフリカ系の動物の本を買ってはむさぼるように読んでいくようになりました。

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時は第二次世界大戦終了直後で、財政難であって大学に行けることもなく、そのまま秘書として働き始めた若きジェーン。彼女の夢は、「アフリカに行って、動物を研究すること」でした。ところが、誰にもその夢は理解されることもなく、バカにされたり、反対に止められるだけだったそうです。

唯一、母親が、「きっとそういう機会も来るときがあるかもしれないから、勉強だけは続けなさい。忍耐強く継続しているうちに道は必ず開けるものよ。努力だけは常に忘れずに!」とアドバイスしてくれたそうです。

そして時はめぐって23歳の時にすでにアフリカにいた友だちにアフリカへの招待を受けて行く決心をしたジェーンは、秘書の仕事を辞めて、ウェイトレスとして朝から晩まで働いて旅費を貯めたそうです。そして、やっと船でアフリカへ。

到着してからは、いろいろと縁が繋がって、原子人類学者でもあって考古学者のルイス・リーキー博士と出会い、彼女のアフリカ動物への造詣の深さ、博識さに舌を巻いた博士はジェーンをアシスタントとして雇いました。

やがて彼女はタンザニアのゴンビ川国立公園で、チンパンジーの行動学について研究することになります。そのスポンサーをルイス・リーキー博士が探すことになりましたが、博士号はおろか、大学にも行かなかったジェーンの研究には誰もスポンサーになるものがおらず、最終的にアメリカの投資家が彼女の研究に6か月間の期限付きでスポンサーになることを約束したのでした。

彼女の研究を応援するべく、イギリスからジェーンの賢母がタンザニアへ訪れ、毎日の生活の中で彼女を常に励まし続けます。チンパンジーが道具を使ってアリを集めることや、動物の肉を食べることもあること、言葉を使って意思の伝達を仲間同士ですることなどを実際に観察して発見するわけですが、当初の彼女はそういう発見をしても、それが「大きな発見」だとは彼女自身、思っていなかったようです。

母親の娘の業績を冷静に観察する眼と、その言葉によって、自分の発見の偉大さを知らされた若きジェーンは、ルイス・リーキー博士との連名で研究報告をして、一躍、チンパンジー行動学の第一人者としての地位を築き上げたのでした。

そして、そのリーキー博士の尽力によって、ジェーンはなんとケンブリッジ大学の博士課程へと進むことになったのです。その時のリーキー博士の言葉は、「私は一生、生き続けるわけではない。君はいつの日か、自分で研究費用のスポンサーを見つける必要がある。そのためにも博士号を今、取りなさい。そうすれば、自分でスポンサーを見るけることができるようになるだろうから」というものでした。

彼女はケンブリッジ大学が始まって以来、8番目の大学の学士を持たない博士になりました。その博士号は動物行動学です。彼女の研究スタイルは、その当時、物議を醸し出すこともあったそうですが、彼女がグダール博士と呼ばれるようになるころには、名物共にチンパンジーの行動学において、世界の権威者となったのです。

そして大好きなジャングルでチンパンジーとの共生を諦めて、スピーカーとして全世界を駆け巡ることになったのは、その愛するチンパンジーたちが開発やお金目当てで殺されたり、捕獲されたり、住む場所を奪われたことに発端しました。

理想のジャングルをキープするためには、その周辺に住む住民たちが仕事を得、満足な収入があれば、チンパンジーの住むジャングルを奪うこともなく、金銭目当てでチンパンジーを殺したり捕獲することもないと判断したジェーン・グダール博士は、その啓蒙と寄付金を募るために財団を設立して、ゴンビ川国立公園周辺の原住民の教育と職業訓練のために奔走し始めたのです。

そして、チンパンジーと原住民たちが共存出来る仕組みを作っていったのでした。今でも博士はチンパンジーのため、国連平和大使として、そして様々な人たちを啓蒙するために講演して世界を飛び回っているのです。

彼女の今回の講演の題目は、”Finding Life's Passion(人生におけるパッションを発見する)”というものでした。

彼女の締めくくりの言葉は、「機会を逃さない(Take advantages of opportunities!)」と「あきらめない(Never give up!)」でした。

まさしく、その通りだと思います。そのためには、彼女の賢母が言ったように「常に努力して準備すること」でしょう。

小さな子供たちから私たちの世代(母親世代)、そしてその上のシルバーエイジの人たちにも、どの世代の人たちにも感銘を与える講演でした。

参加できたことに感謝☆

そして参加者には、日本人が方法を編み出した、この波動たっぷりのミネラルウォーターが配られました。また、博士のチンパンジーやその周辺の住民たちへの保護や教育+訓練のために寄付したので、こんなオサルさんのぬいぐるみをもらいました。

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これを見るたびに、人生の励ましとなると思います。私もまだまだやりたいことが山ほどあります!何もせずに文句が多い私ですが、これを機会にもっともっと自分の可能性を広げていきたいなと思いました☆


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minou

Author:minou
マレーシアのスバンジャヤで、ミーシャとカリッシと夫と生活中。 
好きなものは、美味しいもの、旅行、美しいものを見て写真を撮ること、瞑想、ヨガ、絵を描くこと、まったり独り時間。
楽しく愉快な毎日を過ごしています♡




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