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1年前の今日は人生の生まれ変わり日。

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今日は満月。そして、私は今、マレーシアに住んでいる。ちょうど1年前の10月16日金曜日、午前10時は私が生まれ変わった日だ。仏教の行で言ったら、満願日なのだと思う。

1年前の早朝、ラヴァコラ(9km離れた街)から最後のカミーノの行程をサンチアゴ・デ・コンポステーラを目指して歩き始めた。これが最後。800kmの道のりは、毎日がミラクルだった。あの日々は忘れようと思っても、到底忘れられない思い出でいっぱいだ。身体的にも苦痛もあった日々だったし、精神的にも自分が強くなれた日々でもあった。

幸い、空が朝から奇跡のようにサンチアゴを目指して歩く私を祝福してくれた。ドラマチックな朝焼けは、今まで歩いて来た山あり、谷あり、行けども行けども平坦な道で蜃気楼が見えるような何もない場所を歩いたこと、怖かったり、楽しかったり、痛かったり、苦しかったり、感謝の涙で溢れたり、幸せだったり、感動したり。

それの総仕上げのような空だった。

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モンテ・ゴザの丘に到着。ここからいよいよ、サンチアゴに入る。

あまりにもの美しさにしばし佇み、来た道を思い起こした。これで最後。でも、なんの感慨も湧いて来なかった。ただただ美しい空に見惚れている自分がいた。明日から、私はどうするのだろう?

行程では、その翌日から実は、サンチアゴから100km先のフィステラとムシアの西の果てまで、また歩くことになっていた。なので、休みもせずに歩くのだけれど、カミーノ・デ・サンチアゴはこれでおしまいだ。

この丘のすぐ近くの小さなチャペルで、サンチアゴ到着前のスタンプを巡礼手帳に押して、朝食を近くのバルで摂ってまた進む。このバルで、最初の頃、カミーノで会ったきりの韓国系アメリカ人とバッタリと出会った。全然今まで会わなかったのは、どうしてだろう?

私は元々、ひとりで歩いていた。かなりのソロリスト。その方が、自分を知る良い機会でもあった。

だんだんと、サンチアゴの郊外に近づき、交通量も格段に増え、周りの景色も人工的で殺風景な感じになって来た。今までの感動していてピュアな心持から、無機質でなんとなく非情な雰囲気の世界への突入の瞬間だった。

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これが、サンチアゴに到着しましたよ、というサインのような文字を見たときにちょっと落胆したことを覚えている。

えっ?これが、カミーノの最後なの?何にもない。感動も覚えない。道はゴチャゴチャしていて分かりづらく、地図を見ながら歩くのだけれど、とにかく無機質で自分の心が次第にトゲトゲしくなるのを感じていた。

なんだろう?これは。落ち込むなぁ... 今までの感動の日々は一体、何だったんだろう?

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途中のバルで、このワンコちゃんに出会い、なんとなくささくれ立った気持ちを慰められた。

だんだんと旧市街に入って来ると、とたんに現金なもので、なんとなく早く早く、聖地コンポステーラに着くよ!と気持ちが急いて来た。

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いろいろなショップが立ち並び、もうすぐハロウィンなんだと思わず...

旧市街はヨーロッパのどの街でも、ちょっと小高い丘の上に大聖堂があるのが普通なのだけれど、だんだんと坂道になって来たのが分かり、聖ヤコブの眠る大聖堂ももうすぐだと理解した。

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そして、いよいよ大聖堂!この大聖堂の前にちょうど着いたときに、まるでそれまでの私のカミーノを祝福するかのように、なんと大聖堂の鐘が午前10時を知らせる鐘の音を街全体に響き渡らせた。ビックリしてiphoneの時刻を確かめると、10時ちょうど!これこそ奇跡。満願の10だった。

しばし、大聖堂の前で記念写真を撮ってから、ミサの始まる時刻前に巡礼事務所に行って、カミーノ制覇した巡礼証明書をもらってこなくちゃ!

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あいにく朝の朝焼けはどうしたことか、曇り空で寒々としていた。

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ここでいただきました。ありがたや~!

そして再び、十分に間に合って大聖堂の中へ。この日は、金曜日でミサ中にボッタフュメロ(香炉)を焚く日であるようだった。

前から2列目の席を確保して、別のカミーノ、『ポルトガル人の道』を歩いて来た男性と隣同士になり、自分たちの今までの行程を話し合ったりしているうちにミサが始まった。

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そして、最後の方にいよいよボッタフュメロの儀式が始まった。

ロープに吊るされた香炉の中に火を入れてフランキンセンスやミルラ、シーダーウッドなどの香木のお香を焚き、ロープをこれらの男性たちが高々と教会堂の左右翼に振り上げるのだ。ブーメランのように左右に行ったり来たり、アーチ形の天井まで届くかのように高々と香炉は揺れ上がる。

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ひとりの修道女のアカペラで歌うソプラノのミサ曲に合わせて、ボッタフュメロが飛んでいく様を見るのは神々しく畏敬の念に襲われた。

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その香炉も、彼らの所作で終わりに近づき、ミサが終わった。この時にまだたくさんの人たちがいたので、聖ヤコブは遠くから見るだけに留めておいた。またその夜のミサにも参加するつもりだった。

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聖ヤコブの像が置かれている祭壇。この下にクリプトがあって、そこに聖ヤコブの亡骸の一部が安置されているらしい。

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ゆっくりと外に出て、どうしよう?と思っていたら、イレインに出会った。彼女は、大聖堂のすぐ真横にある、昔のカミーノの巡礼者救護院だった5つ星パラドールに泊まるらしかった。ここは1泊が3万円近く。到底、足も出ない私。巡礼者の中には、最後に豪勢にここパラドールに泊まって、カミーノをお祝いする人たちもいた。

彼女に誘われて、パラドールの外にあるカフェでランチを。

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ちょっと場違いの私たちではありましたが、さすがカミーノのお膝元のパラドールは、手厚く巡礼者たちを今でももてなしてくれます。

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大聖堂は寒かったので、まずは紅茶とクッキーで温まってから、ガッツリとハンバーガーを。

これが記念のランチとなりました!

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ランチの後、広場でバッタリと今度はゲイルに会った。彼女とイレインは友だちでオーストラリアから。この2人は最初は一緒に仲良く歩いていたのだけれど、途中でゲイルが足を怪我して5日間リタイア。その時に私は彼女とプライベート・アルベルゲ(巡礼宿)で1晩だけ同室になり、その後も何回か出会ったのでした。イレインとは、一緒にこそ泊まらなかったけれど、道で前後して会うことが多く、フィステラへの行程でも何回も会ったりして。

再びゲイルが調子を取り戻してから、またこの2人は一緒に歩き始めたのですが、だんだんと仲たがいして一人ずつ歩くことにしたようです。最後にはめでたくまた仲直りして最後のサンチアゴの晩では2人で、パラドールで泊ったのでした。

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ホテルを見つけ出し、落ち着いてから再び旧市街へ。アーモンドのサンチアゴケーキを食べてみた。素朴なおいしさ!

ひとりで夕ご飯(!最後までひとりぼっち。笑)を食べてから、再び夜のミサへ。最後だけは、きちんと締めくくり。

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本当に歩いたんだね、私。あれはもしかしたら、幻だったんだろうか?

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ひとりで800km歩いて、初めて自分を知る、愛するということを知った。どんな自分でも愛おしい。自分を判断することなしに、初めてありのままの自分を受け入れるということを学んだ。

これが最大の収穫だったと思える。最初のカミーノはまずは自分を知ること、愛すること。次のカミーノでは何を学ぶのだろう?

ラヴァコラからゴザの丘までの感動に溢れる道のりから、サンチアゴ郊外から大聖堂までの道のり。相反する心情を味わったのだけれど、あの殺伐とした小1時間の道のりは実は最も大切なカミーノでの道のりだったんだと気づいた。

目的達成前の最後の殺伐とした時間、道のり。これは人生のどの局面にも当てはまる。これがあるからこそ、達成感があるのだから。

カミーノは、実にたくさんのことを私に与えてくれ、学ぶ機会も多々あった。

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でも、一番感動したのは、最後にこの大聖堂で聖ヤコブの首に背後から抱きつき、「ありがとうございます」と伝えたときだった。あんなに甘美で優しい時間の流れを覚えたことは、人生初めてだったと思える。カミーノ最後に聖ヤコブに抱きついて無事を報告できたときには、何もかも許されて、これからもまた自分を愛し、大切に生きるという、彼との約束みたいなものだったと思っている。

Buen Camino!
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第33日目:サリアからポルトマリンまで。

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カミーノを終了して、すでに10ヶ月。はるか昔のような気がしたり、昨日のことのように思い出したり。このごろ、またぜひカミーノを歩きたいと思う自分がいます。まだ、左後部臀部の痛みは残っているというのに。運動するときに感じるときがあります。カミーノ痛~ それに右足にもいろいろと支障が残っているのですが、こちらはマイナー(?)なことですが、ちょっと次回に行く前に医者に診てもらうつもりです。

いや、すぐに行くつもりではないのですよ、あと2年後ぐらいに。行きたい~!

さて、10か月前のことを完全には覚えていませんが、画像を見ているうちにいろいろと記憶が戻って来たので、覚書としてここに書き留めておきたいと思います。

サリア(Sarria)からポルトマリン(Portomarin)までは、わずか22.1km、高低差は300mぐらい。この先の街まで行こうよと誘われましたが、なんとなくPortomarinという名前に惹かれて、ここに泊まることに。Portoは港でしょ、Marinということは水とか、海とかでしょ?と思ったのが最初。写真では晴れた日のポルトマリン(高台にある)の街中から大きな川を眺める構図を見て、いいな!って思ったのです。

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前日のサリアではコインランドリーで洗濯したり、日曜日なのに薬局がやっていて、痛む膝のための薬を買ったりサポーターを買ったりして、野暮用で忙しくサリア観光はせずに終わり。雨も降ったし、宿(ペンションで一人!)で、ゆっくりしたのでした。

翌朝は、雨。丘になっている旧市街地を抜けて、素敵なアルベルゲ(巡礼宿)の前を通り過ぎて。こんなところだったら、いいね!とにかくスペインはどんな田舎に行ってもWifiが飛んでいるので、宿やカフェでネットに繋がるのがよかったです!ここにも、そのマークが付いているし。

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ここで朝ごはんを食べていきたい~!という誘惑を断ち切って進みます。

雨だし、なるべく早く目的地に着きたいです。

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街の外れに来ると、小さな教会(サン・サルバドール・イグレッサ)とその向こうに修道院がありました。どちらも月曜日なので開いていませんでした。ここを曲がって、森の中へ。中世の橋を渡って進みます。

久しぶりに傘をさしている巡礼者を見かけました。サリアの手前から、歩く巡礼者がとても多くなるのですが、彼らは1週間弱の道のりなので、傘とかさしているんですね。長い間歩くとなると、傘は邪魔。やはりレインコートとかポンチョを着るのがラクちん。

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モホン(道標)も、サンチアゴまで111kmであることを示しています。あああ、あと1週間もしないで、ゴール。感無量。

ここでだいたい巡礼者たちは2組のカテゴリーに分かれます。早くゴールのサンチアゴに到着したくて、今までのペースよりも飛ばして押せ押せで行くタイプと、「ああ、もうすぐ最終地だ。残念!もっと長く歩きたいから、ゆっくりと進もう」というタイプです。

私?どちらでもなく、途中で自分で作った日程表を元に歩いたのでした。なんせ、毎日、重たいリュックは専門の業者さんに次の目的地まで運んでもらうサービスを利用していたので、もうカミーノ10日目には、全行程を割り出して泊まるアルベルゲ、ペンション、あるいはホテルの予約を取りまくっていました。ネット環境は大切だし、ネット上で予約が無理なところは、現在泊まっている宿の人たちにお願いして次の宿へ電話をしてもらい、予約を取ったものです。

途中、病気を2回したので、そのたびに行程表を見直したり、宿のキャンセルや再予約をしたり、あるいはやはり歩いているうちに、「こっちのルートを進みたい」となると、また宿のキャンセルや取り直しをしました。なかなか、これが大変だけれど、一人旅だったので気を抜かずに。

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右上の線路を渡ると、サリアともお別れ。自然の中の道を歩きます。左上のスペイン人男性と奥さんはとても良い人たちで、しばし一緒に歩きました。彼らと2日ぐらい一緒に前後して歩いたのです。サモスの修道院に行く前のトリアカステラの路上で、二手に分かれる道で話したのが最初でした。ここで彼らは、山越えを。私はおしりと膝が痛かったので、平坦だけれど長い距離のサモスを抜けるルートへ。平坦なはずなのに、山道ばかりだったのが???でした。

そして一夜明けたら、またカミーノ上で一緒に。

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大きな大きな栗の下には、雨に濡れるバナナさんたち。Donativo(寄付制)と書いてあります。お金がある人はここにわずかのコインを入れて、ない人はそのままバナナをもらってもOK! こうやって森の中でも、巡礼者たちのためにフルーツとかが置いてありました。私も、ここで朝ごはんとしてバナナをいただいて、コインをチャリンチャリンと入れて...

ブエン・カミーノ(よい巡礼を!)を書いてある紙も、そろそろお別れが近づいたと思うと、なんとなく寂しい気持ちになりました。

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もう、すっかりと秋。このときは、10月12日、月曜日。ちゃんと月曜日だと覚えているのだから、面白い!笑

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雨の日に歩くのは全然いやじゃなかったです。それよりも、好きだったかも。もちろん、レインコートとパンツの着脱は面倒でも、どんなにグショグショに濡れても、歩くのは気持ちがよかった~!なんか、雨に浄化されているような感じがして、好きだったのです。

嫌いだったのは、強風の日。向かい風だとかなりメゲました。

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森の中の草原をSenda(センダ)というのですが、快適でした。どこもかも、緑。苔むしていて、なんとなくアイルランドみたいで素敵!そう言えば、このガリシア地方はなんと、大昔、ケルト人たちがイギリスやスコットランド、アイルランドなどから移民して来たのでした。船に乗ってやって来て、このギリシア地方に落ち着いたのは、かなり故郷に近い風景が広がっていたからなのでは?と思います。

おばあちゃんが軒先でラズベリーを売っていたので2ユーロでお買い上げ。ちょっと高いけれど、なんとなくラズベリーが食べたかった!庭で採れたやつです。

この箱を持って雨の中、歩くのは意外と大変。笑

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101kmのモホンの写真を撮るときには、その上に置かしてもらってパチリ。

右のような風景が延々と続きます。とっても気持ち良いルートでした。

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途中の何もない牧草地で、1頭の人懐っこい馬に遭遇~♪ この子がラズベリーを欲しそうだったので、その場で洗いもせずにちょっと食べて、あとはこの子に寄付しました。笑 

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そんなことしているうちに、あの有名な100kmのモホンみっけ~!!!

みんなここで、思いっきり記念撮影です。順番待ちして自分の番を。巡礼者のひとりに写真を撮ってもらい、良い記念に☆

最初は、グループに所属して楽しかったのに、日程が違って来たら彼らとは2度と会えませんでした。その後は、みなそれぞれグループが出来上がっているので、入れずにひとり歩き。でも、毎日歩いていると、何日間かは一緒に歩く人たちや、出会う人たちが現れるのです。これでけっこう、寂しくなくなりました。

同時に私は意外と孤独でもOKということを発見!一人で歩く方が、深い瞑想状態に入ってしまい心地よいのでした。

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サリア近くからよく見かけるようになった、シャコベオ。これがこの地方のカミーノのシンボルマークです。

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もちろん、こちらの貝殻の黄色の矢印も健在です。この黄色の矢印にどんなに励まされ、勇気をもらったか... カミーノを歩く者にとって、黄色の矢印は、昔の航海士たちの北極星と同じ役割を果たしています。

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うっすらと靄も立ち込めて、霧雨が降るのは本当にアイルランドみたい~!

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この看板に惹かれましたが、もう少しと思い、歩き続けて...

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時間的にも1時過ぎになったので、その次のカフェでランチを。この大きなミートパイが気になっていたので、やっと1枚ゲットしてみることに。

まあ、とてつもなく大きかったのですが、ペロリと1枚簡単でした!意外とおいしいんです、これ。

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本当にケルト文化を彷彿させる建築とか、シンボルまでありました。

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アイルランドみたい~!って、何回も思いましたよ☆

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ガイドブックによると、もうそろそろ、ポルトマリンです!

この農家の軒先でも、巡礼者のための差し入れが。やはりお庭で採れたんでしょうね~。

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ここでも、休憩所になっていて、ポルトマリンに入る前にマンダリンオレンジをいただきました。

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プラス、巡礼手帳にセルフスタンプを押して。

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やっとポルトマリン!アクアダクトも、ローマ時代の遺産物です。

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この川、大きい~!

でも、私が頭の中で描いていたポルトマリンと程遠く、ちょっと期待外れ。まあ、そういうこともあるでしょう。雨だし、とにかく寒かった!!!

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橋を渡って、左側がポルトマリンへの入り口です。ここから宿にたどり着くまでが、大変でした!なかなか見つからず、ウロウロ。やっと丘の上のホテルを見つけました。ホテルと言っても、ペンションよりもきれいではなく、ちょっとビックリ。そして浴室はシェアなので、なかなかシャワーの時間が回って来ず、これならアルベルゲの方がよかった?なんて思いました。

気を取り直して、旧市街地へ。グレーな日で、どんより雲。おまけに心底寒い日でした。ありったけの服を重ね着したのですが、それでも寒い。それでも、途中で韓国人のヨンオに会って、一緒にお茶していたら、今度は日本語の話せてフランス語もペラペラな韓国人の女の子と、スペイン人男性も加わって、ひととき、おしゃべりに花咲きました~☆

そのままリバーサイドビューのあるレストランへ移動。ものすごく混んでいて、やっと自分たちの番が回って来て、一緒にごはん。

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このスープ2種類が、ガリシア地方の郷土料理のスープです。これらの作り方もケルト人起源らしいですが、野菜もたっぷりで日本人の口にもとても合うはず、かな。特に手前のスープは、まさしく味噌汁!というような味でした。

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これに、メインの肉とフリット。

シンプルな内容だったけれど、満足~♡

巡礼中は、もう毎日がクタクタなので、夜の10時前には自然と眠くなって、早い人たちはなんと8時半ごろ寝袋に入っている人たちも。私も、早めの時も夜更かしの時も。だいたい個室の時は夜更かし~♪ そしてアルベルゲで寝るときは早めに寝る毎日でした。



カミーノの旅・サリアまで。

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サモスの修道院の見学が始まった。まずは1階部分の限られた場所の見学だった。やはり現存する修道院なので、修道士たちの邪魔をすることなしに、ガイドが案内してくれました。遠くから、修道士たちが歌うグレゴリアンが聞こえて来て、その歌声にウットリしながら、ガイドの説明に耳を傾けて。まったくの別世界でした。それにこの修道院は何階にも分かれていて、かなり広いです。

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まずは1階の回廊を進みました。

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中庭だけで、バカでかい広さ。そんな世俗的な言い回しをしたら、いけませんね。大変、広かったです。こちらが最初の中庭。

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そしてこちらが2つ目の中庭。もしかしたら、もっと中庭が中に続いているのかもしれませんが、世俗的な人間が許可される範囲では2つ存在していました。

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昔の修道院内の薬局です。ここでいろいろなハーブなどを調合して、修道士たちが薬を作っていたのでしょうね。

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2階の回廊はすべて壁画で埋め尽くされて。説明はスペイン語オンリーで、英語、フランス語、そして確かイタリア語の説明書をもらいました。きちんと読むこともせずにスペイン語を話すガイドさんについて回るだけ。

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なんと、俳優さんたちをモデルにした人物像も数点あるらしく、こちらの中央の修道女はソフィァ・ローレン。水差しを持った修道女です。この角度から見ると見えませんが、本当にそっくりでした。

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こんなふうに大きな壁が絵画で埋め尽くされて。

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マリア様でしょうか?

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こちらは作風が変わった旧約聖書の世界の壁画。

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修道院内の博物館。かなり素晴らしい展覧物がありました。

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ここは水道(水が出る蛇口)で、昔からある水汲み場らしいです。ちゃんとタオルがあって、いつでも使えるみたいです。

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そしてまた回廊を回って、階下へ。これで30分のツアーも終了。

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正午を15分程度回っていて、すぐにサリアへ向かって出発♪ サモスの村のメインストリートにあった水汲み場。こんなきれいなところに黄色の矢印が描いてあって、あれれ!?巡礼者はどこでも迷わないように守られています。

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村のはずれに、巡礼者の石像が。家族連れの石像です。

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先頭を行くのは、やはりお父さん。

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スペインのカミーノの周りの川はどれも透明な水の流れで美しかった。

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こういう風景を見ながら歩くのは、ウォーカーズ・ハイになる~!

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このうちの下は、川が流れていました。フランスと同じとしたら、昔はここに水車が付いていて、水の力で穀物を引いたりできたはず。

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しばらく川の近くを歩いてから、今度は森の中。まだまだ栗の木がたくさんある植生でした。途中、良いにおいのする繁みがあって、花々にはたくさんのハチ!野原の奥には、たくさんの巣箱がおいてありました。

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小さな集落の小さなチャペルの脇を下りて行き、何気ないシンプルな趣の家の前を通り過ぎ...

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大きな川を渡り、

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ユニークな天使像のある場所へ。この天使に拾って持っていた栗を乗せてみました。お供え物として。

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林の中の道を通り、良い雰囲気の中、歩くのが楽しかった日。

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このチャペルも閉まっていたけれど、

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中を見ることが出来ました。なんとなく座ってみたいような穏やかな雰囲気のチャペルでした。

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サリアの手前でランチ。このスープはガリシア地方の伝統的なCaledo Gallegoと呼ばれるスープで、その昔、移民として渡って来たケルト人がもたらせたそうです。

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もうそろそろサリア。これでカミーノも残るところ、100kmちょっとになりました。

サリアの郊外を歩き、そろそろと思った頃。

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途中で、時計草の花を見かけたときに、最初はパッションフルーツかな?と思いましたが、気候的に時計草だと思いました。この夜は、サリアで。予約した宿を探すのに難儀しましたが、無事に見つけて、その日は雨になったサリアの夜で自分なりに引き寄せの法則を経験したり、スペインでコインランドリーデビューしたりと、思い出に残る滞在となりました。

テーマ : スペイン
ジャンル : 海外情報

第32日目: カミーノ・TriacastelaからSamosへ。

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久しぶりのカミーノ旅行記です。トリアカステラ(Triacastela)からサリア(Sarria)までの24.6kmを歩いたときのことでした。オセブレイロを含めた山々の上り下りで、左ひざを完全に悪くしてしまい、足のひきずりはひどくなる一方でしたが、何しろ山に続く山でやっと薬局のあるトリアカステラに着くも、その日は土曜日の夕方6時近く。日本やアメリカなら、ドラッグストアがあって夜遅くまで営業しているのですが、スペインは土曜日の午後2時以降は薬局はお休みになってしまい、もちろん日曜日も休業です。なので、どうしようもない状態でした。

何人も無理を重ねて、とうとうドクターストップがかかり巡礼を断念する巡礼者を多く見て来たので、いつ私がそうなってもおかしくはなかったはず。それが、どういうわけか守らていたのだと思います。必要なときに、ちゃんと必要な処方を得ることが出来ました。でも、巡礼中に買い物した総額が一番大きかったのは、薬用(バンドエイドの丈夫なやつやサポーターを含めて)品だったのです!!!風邪は2度も引いたし、足の血豆から靴ずれ、イボみたいなもの、ひざ痛、お尻の痛みなどなど。(笑)

今でも、お尻の痛みがあるので、きっと骨がずれてしまっているのかなと。

さて、そんな痛い中、トリアカステラを出て道が二手に分かれているところへ。右は910mの小高い丘のあるAlto Riocaboのある道、そして左は距離が長いけれど、サモス(Samos)という山間の村を通って行くルートがありました。サモスは長いけれど、小高い丘を登らないということで、熟考の末、サモスルートを選んだ私。

途中まで、前々日から一緒だったスペイン人の陽気な夫婦と歩き、分岐点でお別れしました。「サモスは長いよ、膝のためには短い方(距離)がいいんじゃない?」と言われましたが、私の心はすでに決まっていて、サモスへ。それが同じ時間の巡礼者たちはみな、右のルートを選び、誰も左に行きませんでした。

私ひとりだけ、車道の脇の路肩を歩き始めました。ずっとひとりだったのに、だんだんと後ろから別の巡礼者たちが見え始めて、ちょっと安心!大きな車道で山道でも何かあれば、どうにかなると思いましたが、やはりひとりは人気のないところではやはり心細いのでした。

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車道の下は川。山の道は深々として、気が引き締まります。CAMINOのサインを見て、励まされた気になりました。巡礼者にとって、黄色の矢印も一服の清涼剤、あるいは、精神安定剤(!笑)のようです。ただし、平坦なのかと思っていたら、道のりはかなりのアップダウンがあって、膝が痛いのなんのって!(苦笑)

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空は今にも雨が降りそうな雰囲気のグレーな空。ただただ緑の豊かさ、美しさに心洗われて歩く山道。

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小川の清流を見ているだけで、心が洗われてその場に立ちつくしてずっとその流れを見ていたいというような気持になりました。

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小川を通って、小さな集落のあるお宅の庭先には、季節外れのアジサイが。あまりにもきれいだったので、パチリ。

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カミーノ脇の裏庭には石のテーブルがあって、ゼラニウムと古いチョコレートの包み紙、そしてリンゴ。絵になるなぁ~!

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この家も蔦で覆われていたので、紅葉する時期になったら、さぞかし美しいと思いました。

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集落の間は、こんな山道で、ほとんどが栗の木。

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糸杉を森の繁みの間から見下ろしたり、森林浴もたっぷりと。山の中は心洗われる場所。

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川面もクリアで水の流れる音も心地よいのです。

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この廃屋に心動かされて、写真を撮っていたら、やはり別の巡礼者も熱心に写真を。魅力のある家でした。残念ながら廃屋なんて、もったいないです。

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この廃屋のすぐそばを流れる川の美しさ☆

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だんだんと巡礼者も前後にいるようになって、歩く山道も安心感~!トンネルを抜けて、山道を歩き続けていたら、やっとサモスの修道院が見えてきました!!!なんとなく、ホっとした朝。

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ところが、ここから実際のサモスの村まで下りて行くのが、意外と時間がかかり、長く感じました。

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また別の集落を通りました。道端にこんな風に飾ってある家の壁に感動~☆

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こんなふうに石を積み重ねて作る家はさぞかし時間もかかり、長持ちするのでは?と思います。

このうちの庭を下の道路から見上げると!

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猫鉢を発見。このほかに2匹の猫ちゃんたちが塀の上を歩いていました。

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ここにもアジサイ。10月中旬なのにアジサイが。

この集落を超えたら、一気にサモス。まずは大きな修道院の裏手から。ここで写真を撮って、引き返して大きな川にかかる橋を渡りました。

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カミーノも、ガリシア地方に入ると、橋の欄干がホタテ貝のところが多かったです。いよいよ、聖地に近づいてきた気がします。

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この反対側は、大きなサモス修道院。まだ現役の修道院です。

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そして向かって左側は細長く村のメインストリートが続きます。カミーノはこちらを歩くことになります。

さて、サモスでお待ちかねの休憩タイム。トイレにも行っておかなくちゃ!と思い、メインストリートのカフェに入りました。巡礼者たちは、通りに面したテーブルでくつろいでいたので、私も。

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紅茶とサンティアゴケーキ(アーモンドケーキ)を注文しました。あまりにも大きなケーキで、こんなに食べたらどうなる?と思っていたけれど、ほとんど食べられました!(笑) このカフェに入ったときに、あるアメリカ人女性の巡礼者が近くだったので、「オラ!」と声掛けしたのに返事なし。まあ、聞こえなかったのかもと思っていたところ、彼女の隣の席になったので、またあいさつしたら無視されました。と、同時にアイルランド人の女性2人に「OOO、久しぶり~!」と声かけられた私は、彼女たちと英語で話していたら、その女性が話に加わって来て、途端に私にも親しげになったのでびっくり!

東洋人の私に話しかけても、仕方ない(=言葉が分からない)と思われていたのかもと、思いました。その彼女はお化粧をきちんとしていて、さらに濃いめの口紅を手鏡を出して塗りだしたので、こちらがビックリ。あ~、彼女はきっとサリア周辺から歩く短期間の巡礼者なのでしょう。

カミーノを最初から歩く巡礼者の女性たちは若くても年寄りでも、化粧っ気なし。重たくて化粧品はなるべく持たないか、持ってもお化粧は、カミーノを歩く日にはしない人が大多数。案外と見栄えを気にする韓国女性たちも、ほとんどしていないか、している人でもすごく薄化粧でした。だから、その女性の赤いルージュが印象的で、ハっとしました。俗世間に戻って来た気が一瞬しました。

しかし、彼女から、耳寄りな情報をいただきました。「11時半から、修道院のガイドツアーが始まるのよ」と、別の巡礼者の男性に話しかけているのを聞いたので、時計を見ると11時15分。慌ててケーキを食べられるだけ食べて、私も修道院へと急ぎました。

なんとGood Timing! こういう幸運なことってある?たまたま、良い時間にサモスに到着して、おなかも生理現象も満たしてから、サモス修道院を見学できるなんて!それも待たずに、すぐに。これを逃したら、もうアウトでした。その日の遅くならない時間にサリアに着くことが目的なので、このタイミングで修道院見学ができるなんて、最高にラッキー☆

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修道院の表玄関口で、スペイン人とカナダ人男性コンビの顔見知りの巡礼者と会って、中へ。さっそくギフトショップで見学のためのチケットとレジ脇にあったサモス修道院で作っているチョコレートをゲット。そして、ついでに大事なスタンプをクレデンシャルに押してもらいました。

このチョコレートがとっても美味しかったです☆ ここの修道院のチョコレートの方が、アストルガのチョコレートよりも断然美味しい~!!!もっと買えばよかったと思っても、後の祭りでした。

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11時半になっても、ガイドもいなければ、ツアーが始まる感じもなく。ベンチに座って待っていたら、例のアメリカ人女性が座っていて、「いつになったら始まるのかしらね?」と話しかけられて、しばしおしゃべり。どこでも、「なんであなた、ネイティブ並みに英語が流暢なの?どうして?日本人で初めて出会った!」なんて言われました。最初は私は10代の半場からアメリカで育ったこと、大学も就職もアメリカだったことを説明していたけれど、だんだんと面倒になって、「どうもありがとう!」とだけ言うようになりました!(笑)

言葉だけではそういう印象にはならないのです。しぐさもやはり、日本人のものではないので(だいぶ日本人と同化して来たと思う=私自身はそう思っているけれど、周りの日本人に言わせると、歩き方から何から日本人じゃないらしい)、さらにそういう印象になるのだと思います。

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ジレジレ待っていたら、ガイド役の女性が登場♪しました!そのときに、ギフトショップも閉まり、いよいよ修道院の中庭に続く扉が開かれました。ちゃんと鍵がかかっています。いよいよ、中へ。

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この回廊で、みな重いリュックを下して、身軽になっての見学になりました。

見学の様子と、サリア到着までのカミーノ記は、また明日に続きます。

テーマ : スペイン
ジャンル : 海外情報

カミーノの旅・Triacastelaへ。

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オセブレイロの頂から歩き始めたときは、雨降りだった。それが少しずつ上がって来て、虹が現れた。もうすでに午後12時過ぎで、山の中は誰も歩いていなかった。少し心細くなりながら、先が長い午後を危惧してできるだけ足早に歩く。あと少なくても24~5km歩かないといけないので、心が急く。それも平坦な道ではなく、すべて山道だ。

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右に車道を見て、これなら何かあっても叫べば大丈夫?と思いながら、ひとりぼっちで歩くことにいささか心配になる。それに左ひざが歩くたびに痛むのだ。

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でも常にこの黄色い矢印に励まされた。これを見ると、まるで北極星を見ながら航行した昔の船のようだと思った。カミーノはいつも黄色い矢印を目指して歩く。その先には、サンティアゴ・デ・コンポステーラがあるのだ。

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空も少しずつ晴れて来て、ちょっとホっとする。

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道を下って行ったと思ったら、また登り路になった。たくさんのサイクリスト(巡礼者の)が通り過ぎて行った。そのころ、スペイン人のグループのサイクリストが増えて行った。もうすぐサンティアゴに着く。だから、自転車で巡礼する人たちも増えたのだ。狭い山道を集団で猛スピードで下って行くので、とても危険であった。本来なら車道を通ることになっているのに、わざわざ悪路(自然なので)の巡礼道を走って行く。

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標高1,270mのAlto San Roqueに着いた。サン・ロック(巡礼者を守る聖人)の頂点という名前が付いた場所には、巡礼者の銅像が。ここは強風なときが多いので、これを見て同感!雨がやんで日差しが出て来たので、私も帽子をかぶっっていた。その帽子も飛びそうで、抑えながら歩いていたので、この銅像を見て共感を覚えたのだ。

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標識の右側が巡礼者の道、カミーノだ。

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このモホン(道標)はサン・ロックのK147と書いてあるけれど、ここの地名はサン・ロックで、サンティアゴまで147kmという意味だ。147kmなんて、あっけないね、もう巡礼も終わりだと思う。

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雲が多いけれど、美しい風景に心を奪われた。

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Hospital de la Condesaと呼ばれる村で、太ったおばさんと犬に出会ったと思ったとたん、カウベルを付けた牛の群れが道路を歩いていた。すごい~!とても大きな牛たちで、1頭だけ左を歩き、私の横をスレスレに通り過ぎていき、ちょっと怖かった。後ろにはおじさんがしんがりを務めていた。若い韓国人男子2人も興奮気味に写真を撮りまくっていた。みんな考えることは一緒!

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スープだけではおなかがすくので、チーズサンドも買っていた。それを歩きながら、行儀悪いけれど食べたこのあたり。石のベンチがあったので、そこに座って残りを食べた。

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この教会はステキな感じだったけれど、開いてはいなかった。残念!

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145kmのモホンのところのSTOPサイン。Don't Stopになっていた。そうだよね、ここでは止まれない。あと145kmだもん!

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周りは山々山。そして、私も山道を行く。

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なんだか2kmおきのモホンの写真を撮っていたね、このとき。歩くのも、かなり辛く、果てしなく続くアップ&ダウンに軽い溜息をつきながら、歩く道のり。

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どんなに小さな集落にもチャペルがあった。

特にここ、Padorneloは、急こう配の山道で足にも膝にも、そして肺にも負担がかかったところだった。

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あまりにも急な勾配に音をあげそうになったときに、鮮やかな毒キノコが脇の山肌に生えていて、気が紛れた!

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やっと、Alto do Poioに到着。1,335mのてっぺんには、アルベルゲがあって、そこのバルでKaasリモン(レモン味のシュワシュワなソフトドリンク)を一気飲みした。山道を登って来たので、暑くて外のテラスに座ったら、

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3匹のわんこちゃんたちが、ウロウロしていたり寝ていたり。しばし一緒に遊んで出発!ここからあと12km。普通なら2時間ちょっとだけれど、ここに来るまでに山の頂点を3つ上り下りして来た。山は体力も消耗するし、早くは歩けない。

ここを出たところで、朝会ったソンさんにバッタリ!彼はまだポテトチップスの袋を大事に持っていた。(笑) そこから彼と一緒に歩くことになった。知った顔に会うのは、本当にうれしい☆ 彼とは英語、日本語(日本に短期留学していたらしいです)、そして片言の韓国語。次のFonfriaと呼ばれる村まで行くらしかった。その道のりは3.3kmだったのに1時間もかかった!

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フォンフリアに着いて、ソンさんとお別れ。またね~!と言いながら、私は歩き始めた。小さな集落を過ぎて、ひとりで進む。

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あ~あ、また雨!でも美しい風景に心癒された。

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だって、こんな虹が常に見えていて、疲れた体もくじけそうになる心にも慰めになる。

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Biduedoの村は標高1,200m。ここから下り路。トリアカステラまで500m近く下りていく。

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 LOVE ONE ANOTHER. 確かに☆ そしてすでにあと131kmになっていた。

だけれど、私の足はもうレロレロ、ヘロヘロ、何が何だか分からない状態。自分にあと1歩、そしてもう1歩と言い聞かせる。「ここで歩かないと、今晩はベッドもなし、シャワーもなし、食べ物もなし。」 自分から行動を起こさないと何も始まらない。ただ、あと何キロ歩くのだろう?と心は弱音を吐く。それをなだめすかせて、あと1歩!と自分を励ます。それの繰り返し。

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なんとなくもうすぐだと思う。トリアカステラまであとちょっと!

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ある村の古い古い栗の木。表と裏の巻。ず~っと集落や村の道々は牛のフンまみれ。それを一応、気を付けながら歩く。匂いもあるけれど、体の芯から疲れ切っているので、匂い云々なんて気にならなかった。ここまで来ると、達観してしまい、何でもOK!という気持ちになって来る。それはそれで心地よいのだ。なんでも受け入れられた。自分の弱さも、ヘタれの心も。反対に精神的に強く、次元の違う自分も発見した。この自分はほとんど外に出て来ない。だけれど、自分が本当に極限に達しそうなときに決まって現れるのだ。

その自分は、何でも受け入れて、へこたれない。優しい心と慈愛に溢れていて、常に弱い自分を抱きしめ、あるがままに受け入れて、必要とあれば励ますのだ。大丈夫!と。その温かい気持ちに従っていくと、本当にうまく行くことも発見した。どんなに終わりがないような距離でも山道でも、1歩ずつゆっくりでも歩いて行けば、必ず終わる。なんでもそうだ。

そして、トリアカステラの入り口にとうとう到着!トンネルを抜けて細い道を下り、アルベルゲも何軒か見えて来た。よかった!もうすでに夕方の5時を回っていた。

そこからが、ちょっと長かった。昔々、このトリアカステラ(Triacastela)にはお城が3つあった。地名を見て、私もすぐにそれが分かった。Tri=3を表し、Castela=城だ。でも今は何も残っていない、意外と大きな村だった。観光客も多く、巡礼者もたくさんいて、どこの通りも人でいっぱいだった。そして寒かった。山の中だから当たり前。

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村のサンティアゴ教会の近くで見た道路のモザイク。巡礼のシンボルの杖とひょうたん、そして3つの城。トリアカステラ。

歩けども歩けども、私の泊まるホステルが見つからない。やっと村の最後の出口近くで見つけた~!長い長い日が終わりました。時計を見たら、夕方6時近く。こんなに遅くなったのは初めて!そしてその日は、アルベルゲでなかったことに感謝☆ 今頃、自分のベッドはなかったから。長~い大変な1日の終わりは熱いシャワーと一人部屋。最高!と思ったけれど、6時半ごろからサンティアゴ教会でミサがあるはずだった。シャワーは断念して、そのまま教会へ。

こんなハードな日には、教会に行って神様や聖人さんたちにお礼の気持ちを伝えに行かなくては、と思っていた。無事に着いてよかった!

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ここ!

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中に入って席につき、しばらく経つと、日系ブラジル人のやよいさんと、そしてシュリちゃんが入って来た!途端にうれしくなった私。熱心なカトリックである2人はいつも教会に行っていた。私は、たまにお礼が言いたくなるとミサに参加した。

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ミサの後、3人で近くのペンションの前で地元の人に写真を撮ってもらった。これが3人で一緒に撮った最後の写真。この後も何回か彼女たちにカミーノで会ったけれど、一緒にゆっくりと話したのはこれっきり。

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一緒に夕食を食べたかったけれど、彼女たちは、これまた村の入り口にあるアルベルゲに早めに帰って行った。私は、ここでひとり夕食。中は大きく2つの部屋があって、どこも超満席。そんな中、ひとりでごはんを食べるのは、いたたまれなかった。普通あんまり気にしないのに、その日だけはどういうわけか、寂しかったことを覚えている。そそくさと食べ終えて、自分のホステルへ。遅く到着したので、ホステルでは泊まれずに、実はその宿の離れの一軒家の部屋に泊まったのだけれど、私だけ。ちょっと怖かった!それも良い思い出。怖かったのに、ぐっすりと眠って朝まで起きなかった~☆



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Author:minou
マレーシアのスバンジャヤで、ミーシャとカリッシと夫と生活中。 
好きなものは、美味しいもの、旅行、美しいものを見て写真を撮ること、瞑想、ヨガ、絵を描くこと、まったり独り時間。
楽しく愉快な毎日を過ごしています♡




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