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第33日目:サリアからポルトマリンまで。

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カミーノを終了して、すでに10ヶ月。はるか昔のような気がしたり、昨日のことのように思い出したり。このごろ、またぜひカミーノを歩きたいと思う自分がいます。まだ、左後部臀部の痛みは残っているというのに。運動するときに感じるときがあります。カミーノ痛~ それに右足にもいろいろと支障が残っているのですが、こちらはマイナー(?)なことですが、ちょっと次回に行く前に医者に診てもらうつもりです。

いや、すぐに行くつもりではないのですよ、あと2年後ぐらいに。行きたい~!

さて、10か月前のことを完全には覚えていませんが、画像を見ているうちにいろいろと記憶が戻って来たので、覚書としてここに書き留めておきたいと思います。

サリア(Sarria)からポルトマリン(Portomarin)までは、わずか22.1km、高低差は300mぐらい。この先の街まで行こうよと誘われましたが、なんとなくPortomarinという名前に惹かれて、ここに泊まることに。Portoは港でしょ、Marinということは水とか、海とかでしょ?と思ったのが最初。写真では晴れた日のポルトマリン(高台にある)の街中から大きな川を眺める構図を見て、いいな!って思ったのです。

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前日のサリアではコインランドリーで洗濯したり、日曜日なのに薬局がやっていて、痛む膝のための薬を買ったりサポーターを買ったりして、野暮用で忙しくサリア観光はせずに終わり。雨も降ったし、宿(ペンションで一人!)で、ゆっくりしたのでした。

翌朝は、雨。丘になっている旧市街地を抜けて、素敵なアルベルゲ(巡礼宿)の前を通り過ぎて。こんなところだったら、いいね!とにかくスペインはどんな田舎に行ってもWifiが飛んでいるので、宿やカフェでネットに繋がるのがよかったです!ここにも、そのマークが付いているし。

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ここで朝ごはんを食べていきたい~!という誘惑を断ち切って進みます。

雨だし、なるべく早く目的地に着きたいです。

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街の外れに来ると、小さな教会(サン・サルバドール・イグレッサ)とその向こうに修道院がありました。どちらも月曜日なので開いていませんでした。ここを曲がって、森の中へ。中世の橋を渡って進みます。

久しぶりに傘をさしている巡礼者を見かけました。サリアの手前から、歩く巡礼者がとても多くなるのですが、彼らは1週間弱の道のりなので、傘とかさしているんですね。長い間歩くとなると、傘は邪魔。やはりレインコートとかポンチョを着るのがラクちん。

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モホン(道標)も、サンチアゴまで111kmであることを示しています。あああ、あと1週間もしないで、ゴール。感無量。

ここでだいたい巡礼者たちは2組のカテゴリーに分かれます。早くゴールのサンチアゴに到着したくて、今までのペースよりも飛ばして押せ押せで行くタイプと、「ああ、もうすぐ最終地だ。残念!もっと長く歩きたいから、ゆっくりと進もう」というタイプです。

私?どちらでもなく、途中で自分で作った日程表を元に歩いたのでした。なんせ、毎日、重たいリュックは専門の業者さんに次の目的地まで運んでもらうサービスを利用していたので、もうカミーノ10日目には、全行程を割り出して泊まるアルベルゲ、ペンション、あるいはホテルの予約を取りまくっていました。ネット環境は大切だし、ネット上で予約が無理なところは、現在泊まっている宿の人たちにお願いして次の宿へ電話をしてもらい、予約を取ったものです。

途中、病気を2回したので、そのたびに行程表を見直したり、宿のキャンセルや再予約をしたり、あるいはやはり歩いているうちに、「こっちのルートを進みたい」となると、また宿のキャンセルや取り直しをしました。なかなか、これが大変だけれど、一人旅だったので気を抜かずに。

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右上の線路を渡ると、サリアともお別れ。自然の中の道を歩きます。左上のスペイン人男性と奥さんはとても良い人たちで、しばし一緒に歩きました。彼らと2日ぐらい一緒に前後して歩いたのです。サモスの修道院に行く前のトリアカステラの路上で、二手に分かれる道で話したのが最初でした。ここで彼らは、山越えを。私はおしりと膝が痛かったので、平坦だけれど長い距離のサモスを抜けるルートへ。平坦なはずなのに、山道ばかりだったのが???でした。

そして一夜明けたら、またカミーノ上で一緒に。

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大きな大きな栗の下には、雨に濡れるバナナさんたち。Donativo(寄付制)と書いてあります。お金がある人はここにわずかのコインを入れて、ない人はそのままバナナをもらってもOK! こうやって森の中でも、巡礼者たちのためにフルーツとかが置いてありました。私も、ここで朝ごはんとしてバナナをいただいて、コインをチャリンチャリンと入れて...

ブエン・カミーノ(よい巡礼を!)を書いてある紙も、そろそろお別れが近づいたと思うと、なんとなく寂しい気持ちになりました。

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もう、すっかりと秋。このときは、10月12日、月曜日。ちゃんと月曜日だと覚えているのだから、面白い!笑

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雨の日に歩くのは全然いやじゃなかったです。それよりも、好きだったかも。もちろん、レインコートとパンツの着脱は面倒でも、どんなにグショグショに濡れても、歩くのは気持ちがよかった~!なんか、雨に浄化されているような感じがして、好きだったのです。

嫌いだったのは、強風の日。向かい風だとかなりメゲました。

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森の中の草原をSenda(センダ)というのですが、快適でした。どこもかも、緑。苔むしていて、なんとなくアイルランドみたいで素敵!そう言えば、このガリシア地方はなんと、大昔、ケルト人たちがイギリスやスコットランド、アイルランドなどから移民して来たのでした。船に乗ってやって来て、このギリシア地方に落ち着いたのは、かなり故郷に近い風景が広がっていたからなのでは?と思います。

おばあちゃんが軒先でラズベリーを売っていたので2ユーロでお買い上げ。ちょっと高いけれど、なんとなくラズベリーが食べたかった!庭で採れたやつです。

この箱を持って雨の中、歩くのは意外と大変。笑

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101kmのモホンの写真を撮るときには、その上に置かしてもらってパチリ。

右のような風景が延々と続きます。とっても気持ち良いルートでした。

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途中の何もない牧草地で、1頭の人懐っこい馬に遭遇~♪ この子がラズベリーを欲しそうだったので、その場で洗いもせずにちょっと食べて、あとはこの子に寄付しました。笑 

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そんなことしているうちに、あの有名な100kmのモホンみっけ~!!!

みんなここで、思いっきり記念撮影です。順番待ちして自分の番を。巡礼者のひとりに写真を撮ってもらい、良い記念に☆

最初は、グループに所属して楽しかったのに、日程が違って来たら彼らとは2度と会えませんでした。その後は、みなそれぞれグループが出来上がっているので、入れずにひとり歩き。でも、毎日歩いていると、何日間かは一緒に歩く人たちや、出会う人たちが現れるのです。これでけっこう、寂しくなくなりました。

同時に私は意外と孤独でもOKということを発見!一人で歩く方が、深い瞑想状態に入ってしまい心地よいのでした。

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サリア近くからよく見かけるようになった、シャコベオ。これがこの地方のカミーノのシンボルマークです。

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もちろん、こちらの貝殻の黄色の矢印も健在です。この黄色の矢印にどんなに励まされ、勇気をもらったか... カミーノを歩く者にとって、黄色の矢印は、昔の航海士たちの北極星と同じ役割を果たしています。

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うっすらと靄も立ち込めて、霧雨が降るのは本当にアイルランドみたい~!

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この看板に惹かれましたが、もう少しと思い、歩き続けて...

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時間的にも1時過ぎになったので、その次のカフェでランチを。この大きなミートパイが気になっていたので、やっと1枚ゲットしてみることに。

まあ、とてつもなく大きかったのですが、ペロリと1枚簡単でした!意外とおいしいんです、これ。

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本当にケルト文化を彷彿させる建築とか、シンボルまでありました。

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アイルランドみたい~!って、何回も思いましたよ☆

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ガイドブックによると、もうそろそろ、ポルトマリンです!

この農家の軒先でも、巡礼者のための差し入れが。やはりお庭で採れたんでしょうね~。

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ここでも、休憩所になっていて、ポルトマリンに入る前にマンダリンオレンジをいただきました。

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プラス、巡礼手帳にセルフスタンプを押して。

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やっとポルトマリン!アクアダクトも、ローマ時代の遺産物です。

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この川、大きい~!

でも、私が頭の中で描いていたポルトマリンと程遠く、ちょっと期待外れ。まあ、そういうこともあるでしょう。雨だし、とにかく寒かった!!!

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橋を渡って、左側がポルトマリンへの入り口です。ここから宿にたどり着くまでが、大変でした!なかなか見つからず、ウロウロ。やっと丘の上のホテルを見つけました。ホテルと言っても、ペンションよりもきれいではなく、ちょっとビックリ。そして浴室はシェアなので、なかなかシャワーの時間が回って来ず、これならアルベルゲの方がよかった?なんて思いました。

気を取り直して、旧市街地へ。グレーな日で、どんより雲。おまけに心底寒い日でした。ありったけの服を重ね着したのですが、それでも寒い。それでも、途中で韓国人のヨンオに会って、一緒にお茶していたら、今度は日本語の話せてフランス語もペラペラな韓国人の女の子と、スペイン人男性も加わって、ひととき、おしゃべりに花咲きました~☆

そのままリバーサイドビューのあるレストランへ移動。ものすごく混んでいて、やっと自分たちの番が回って来て、一緒にごはん。

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このスープ2種類が、ガリシア地方の郷土料理のスープです。これらの作り方もケルト人起源らしいですが、野菜もたっぷりで日本人の口にもとても合うはず、かな。特に手前のスープは、まさしく味噌汁!というような味でした。

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これに、メインの肉とフリット。

シンプルな内容だったけれど、満足~♡

巡礼中は、もう毎日がクタクタなので、夜の10時前には自然と眠くなって、早い人たちはなんと8時半ごろ寝袋に入っている人たちも。私も、早めの時も夜更かしの時も。だいたい個室の時は夜更かし~♪ そしてアルベルゲで寝るときは早めに寝る毎日でした。



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今更ながらの気づき。

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人間の考え方は、シチュエーションによって千差万別の見方があって、どれが正しくて、どれが正しくないかなんて物差しでは測れない場合が多い気がする。

ある人にとっては、Aの方が正しいけれど、別の人にとってはBの方が正しいと考えることが多々あると思う。それも同じ民族でも、家族の中でもその考え方はまるっきり違うことがある。

私は恥ずかしながら、ついこの間まで、頭ではこの考え方の違いを分かっていてもよく理解することができない事柄があった。それは私の幼児期から思春期に起こった事柄のことだった。

当然、その期間は私は子供だから、親の庇護下にあるはずだ。だけれど、その時期に私に起こった様々な出来事は、私を早く成長させ、高校のときから海外に出てしまう道を作り上げた。早く逃げ出したいと、その当時は思春期とあって、もっとその思いはデフォルメされて大きかったのかもしれない。

ただ、20代になって、物心ついたときから起こり続けて来た事柄によって、私は次第に苦しめられて悩んでいた。当時住んでいたアメリカで心理学者のカウンセリングを受けることになった。そのときにカウンセリングをしてくれたDR. Bは、私の過去の話を聞くと、彼は静かに泣いていた。そのことにも驚いたのだけれど、それほど私の心の傷は大きかったのだと改めて思った。

それからの5年間は、地獄の苦しみだったと思う。いろいろなものを心から解き放し、認識してショックを受けてというようなことを繰り返した。小さな子供の心の痛手はなかなか癒えるものではなかったのだ。

その中で、認識して容認して諦められて、解放したものもあれば、そうではなく、いつも心の底で滓のように留まっていたものもあった。

私の中では、「私は被害者だった」というラベリングが行われ、その長年に渡る出来事とそれにまつわる親に怒りを感じ続けていた。

それが氷解し始めたのは、今年の4月だった。チェンマイに長期瞑想に行って、やっと「心から母を許せると思いました」と言ったときに、ある瞑想教師から、「それは自分を許したことになるんだよ」と言われてハタっと気づいたのが最初。

そして、この間のコーチングで、また新しい気づきがあった。

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最終的に氷解したのはつい最近のことだった。

瞑想中に、やっと気づいたのだ。

もしかしたら、私は一方的に『被害者の立場』としてだけ物事を見ていると。どんな事柄でも、もしかしたら俯瞰的に、あるいは別の角度から見たらもっと物事は違うように見えるのかもしれないと。

残念ながら事実は自分の好きなようには書き換えられないけれど、自分のそれに対しての見方は変えることができるのだ。

考えてみると、母はビジネスウーマンとしては偉大だ。女手ひとつで年商1.5億以上の売り上げを長年続けて来たのだから。恥ずかしながら、私が会社を興しても、それだけの売り上げは上げられなかった。それの何分かの一だけだった。

それに、何でもお金で解決する母も年頃になったら疎ましく思う自分がいたのだけれど、早々に自分は日本では伸びないと思ったときに、大金を出して、私を高校+大学とアメリカに留学させてくれたのは母だった。それだけの大きな金額を彼女は頑張って出してくれていたのだ。日本で学校に行った方が安上がりの時代に、アメリカの学生と大差ないようにとお金をたくさん送ってくれたのは彼女だった。

彼女からすれば、自分には時間がないから、お金で解決することは解決しようと思っていたに違いない。それが悪いかどうかは、誰も判断できないし、日本で閉ざされて難しい家庭環境でストレスを抱えているよりも、私自身が海外に出た方が良かったのだ。

そんな幸運に恵まれていたのに、感謝出来ないでいた私。

そうか、それが母流の愛情のかけ方だったんだと気づいたときに、自然と腑に落ちて今まで見えなかったものが見えて来たような気がした。

よく「子供は親を選んで来れない」というけれど、本当は「このうちに生まれて来よう」ということを自分で決めてこの世に生を受けるのだと私は思う。この世界に来る前に、この世の中で何が自分に出来るのだろう?という課題とかお約束事を予め決めて、その通りに生まれて来る。

そして自分なりに長い、あるいは短い人生の中で、その問いに答えを見出そうとするのではと、私は考えている。

それなら、Do NOT hold grudges! (根に持つな!) 

そんなことよりも、自分のこの世でのミッション(約束事)を見つけ出して、それに沿って生きて行く方がはるかに効率的でハッピーな生活が待っていると思える☆

自分のつい最近の気づきを言葉に表現してみようと思ったけれど、完全に意図するように表現出来ているのかどうかは分からないけれど...

目からウロコでした!そして長年の心の滓が完全に溶け去った瞬間でもありました。

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そうしたら、急に母の声を聴きたくなって電話する自分がいた。そして電話口に若々しく弾んだ母の声を聴いたときに、彼女がどれだけ今、充実した残りの人生を歩んでいるのか瞬時に分かり、それは私にとっても幸福感をもたらす相乗効果があった。

母のことを人生や仕事の師として、引き立ててくれている義妹に心から感謝 彼女には言葉では言い尽くせないほど、助けてもらっている。素晴らしい義妹でよかった!そして、寂しがり屋の母にとって、実家は大き過ぎたけれど、実の妹が今年の春から一緒に暮らしている。叔母が引っ越して来たのだ。ズボラな母の面倒をよく見てくれる叔母の存在は大きい。

遠くに離れていても、あまり心配が要らないのは義妹や叔母の存在が大きいから、大船に乗った気分の私。

物事って、うまく回るように出来ているのだ。最初は上手くない様であっても、自分を信頼して(これが一番難しい)、一生懸命に頑張っているとだんだんと道が開けて☆ 

こういう気づきは、本当にありがたい。結局は、やはり愛(LOVE)なんだと思う。何でも受け入れる愛。難しいようでいて、優しい。

どんな事柄でも、春は来るものだと、改めて思える気づきでした。

また再開です。バラに呼ばれた!?

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すごく久しぶりにこちらのブログを書いています。やっとマレーシアでの生活にも余裕が見られて来て、こちらのブログも再開したいなと思いました。何よりも、カミーノの旅行記を書き上げたいと思っているのです!

さて、今日はこのごろ引き寄せられるように、バラ。それも花そのものよりも、香りが本能的に惹きつけられるのです。どうしてだろう!?でも、こういう時は、自分の欲求に従うことにしています。それが一番大切なこと☆

なので、今日はミッドバレーと呼ばれる地域にあるモールへ行って、ローズオイル(顔用)とローズエッセンスを買って来ました。これで、少しはローズの香りを楽しめるでしょう。

ただオーガニックなので、香りが弱いのです。

生のダマスクローズの大輪の花から香る、あの美しい香りを嗅いでみたいです!

ああ、でも変なことは心から願わないのが得策。

このブログのタイトルにあるフランジパーニですが、フランス語でひとつはプルメリアの花のことを指します。私は去年の4月ごろに、「プルメリアの花の咲く国に住みたい」と思ったら、その年の10月にはこのマレーシアに来ることが決まってしまいました!!!

半年で、その私の願望が叶ってしまったのです。怖いですね~!だって、私はあと10年後にハワイでも、と思っていたのですから。(笑) ちゃんと願うときには、時間と場所を正確にしておこうとそのとき、思いました。

潜在意識は、時間も場所も選ばずに願望に沿って、そのときの状況で一番ふさわしいものを選び取るのだと思いました。

いや、マレーシアが好き嫌いというのではなく、ハワイがマレーシアになって、10年後が半年後になってしまったので、ビックリしたのです。マレーシアにも、もちろんプルメリアは1年中咲いているので、願望達成なんですけれど。

マレーシア、私は好きです~

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なぜ、バラなんでしょう!?

分かんないけれど、もっと女性らしくなりなさいという意味なのかなぁ~!?

まあ、とにかく自分の欲求するものを探し出してみたので、これから何かあるのかもしれません。

今晩は、ローズティーにしてみました。やはりローズ系のフレーバーは好きです。

で、最後に引き寄せですが、これまた!!!まだきちんとしないと言えないのですが、私は、ここで必要だな!といつも思っていた物をついに引き寄せました。それも思い浮かべていた機種まで同じ!それも自分で購入せずに年上のお友だちからのオファーでした。

それもお友だちは、7月の初旬に会ったばかりなんです。それも、うちの近くの公園では、セキュリティーゲートがあって、そこで名前と住んでいるところまで書くノートがあります。必ず記入させられるのですが、たまたまその日の朝、いつものように私が記入していたちょうど上に、ある日本人の名前がありました。住所を見たら、なんと!!!同じコンドミニアムで同じタワーでした

そして、公園に入って湖の周辺の通路で、その日本人のご夫婦を見かけて、直感的に「話しかけて」という声が聞こえて来たので、日本語で話しかけたのが始まりでした!

それ以来、テニスを毎週ご一緒させていただくのですが、出会いからすでに今考えると、すごいなって思います。

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今回もバラ、バラ、ローズだよ!って心の声が欲求して来たので、望んでいた場所に行って、ローズオイルとか買ってみました。

だから、今回は何が起きるのか。今から楽しみです。

こんな風に自分の内なる声を素直に聴けるようになったのは、やはり瞑想のおかげでもあるでしょう。

オカルトとかは信じていませんが、ただ≪導かれる≫ことは信じています。自分を常に用意しておくことも大切なのかもしれませんし、でもそれはすぐにはできないことでもあるので、気長に待つことも大切。

一番ふさわしいときに、自分の願望が叶う。私は、自分では強運の持ち主だと信じています。こう書くと、なんて傲慢な!とか思われるかもしれませんが、最後に笑うのはいつも自分だと思っています。

でも、そう信じられるということは強いことです。

考えてみれば、世界中の全員が、本来ならみな強運なんです。そうやって生まれて来たのですが、どこかで忘れて来てしまったか、後天的に「そうではない」とか学習してしまったり。

みんな幸せなはずだし、十分に満足していいはず。

今の私は、幸せです。十分に満足しているけれど、もう少し変えたいと思うことは間違いではないはず。

だから、これからは私の周りの人たちが、幸せであって、十分に満足してそれに感謝しているというふうだったら、うれしいなと思い、今まで書いてきたブログとは、ちょっと違ったブログにすることにしました。

これがきっと本来の自分なんでしょう。もう、人がどう思うかなとか思わずに、心の声に従って書いてみたいと思います。どうぞよろしくお願いします!

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minou

Author:minou
マレーシアのスバンジャヤで、ミーシャとカリッシと夫と生活中。 
好きなものは、美味しいもの、旅行、美しいものを見て写真を撮ること、瞑想、ヨガ、絵を描くこと、まったり独り時間。
楽しく愉快な毎日を過ごしています♡




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