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Sacred Frankincenseを噛んだら。

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友だちのうちで珍しい経験をした。フランキンセンスは太古の昔から乳香として知られた樹木の液体を固めたもので、そのうちでもSacred Frankinsence(神聖な乳香)は、特別なものだそうだ。

オマーンに旅した友だちの友だちが、その珍しいSacred Frankinsenceを買って来たのをひとつ分けてもらった。

ガムのように噛むらしい。

小さなかけらを噛みだした途端、形容しがたい経験をした。その香りも味わいも、ひどく懐かしく、心が心地よく揺さぶられた。知っている。これ。

いつのことなんだろう?

きっと前世のどこかで噛んだことがあり、それが今の自分と繋がった。つまり、自分自身を新たに発見したような気分になった。

素晴らしい芳香に包まれて、心安らかに完全にリラックスして本当の自分とコネクトした気がした。溢れる涙。知っているよ、これ。古い記憶が途端に開放されて、どこかに消えてて行った。

素晴らしい体験だった。

こういう機会を与えてくれた友だちに感謝☆ 

とにかく不思議だった~!
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スーパームーンのDetox Day

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このごろのマレーシアは毎日、必ず午後に雨が降る。それも短時間なのだけれど、時には嵐のようになってドラマチックでもある。だけれど、そういうのが困るときも。月曜日は世界中でスーパームーンを見ることができるはずだった。ところが、KL付近は満月は雲隠れしてしまうところもあって、運よく見ることが出来た人たちもいたようですが、私たちはダメでした。

でも、きっと朝なら月が見れると確信していたので、それを楽しみに☆

マレーシアの夜明けは遅くて朝7時近くになる。自然に朝6時に目が覚めた。アラームをセットし忘れていたのだけれど、ベッドサイドのiPhoneを見たら、6:00ジャスト。

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じゃ~ん!やっぱり、出てた!途端にうれしくなった。

雲に隠れてロマンチック。

この朝は、ベランダで月光浴しながら瞑想することにした。ミーシャも一緒。

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カリッシと夫は、まだ夢の中☆

瞑想が終わって、朝も明けて。たまには、自分のメインテナンスをしよう~!明日は、やっと専門医に私の症状を診てもらえる日。このごろだいぶ症状が治まって来たから、このままでいて欲しい。あるいは私のバセドウ病のように寛解(かんかい=病気は消滅しないけれど、数値的に正常値になること)になって欲しい。

もちろん、病名は分からないから、専門医に行くのだけれど、だいたいの検討が付いているので、その専門医を選んだ。

夫がまず私の異変に気付いて、次に魔女友だちのひとりが気付いた。私は、彼女が私のその小さな症状を見たときの彼女の顔色がサっと変わったことを一瞬のうちに読み取った。一緒に居合わせた2人はまったく、私たちの間に走ったその瞬間を分かっていなかったけれど、明らかに彼女は私の異変に気付いたのだ。

それから1か月後、私は魔女友だち3人の前で、その異変を見せて専門医に行くことにしたことを告げた。

その時にすぐさまリアクションをくれたのは、例の友だちだった。

「そうなのよ、先月、言おうと思ったんだけれど、余計な心配をさせるといけないと思って言えなかったんだ...」

そこから、彼女の母親が私と同じような症状があることを教えてくれた。それは私が自分で勝手に推測していた病名と一緒だった。とうとう、来たのか... 10年前に検査を受けたときには、「あなたが発病するのは、ごく小さな可能性です」と言われたのに。

その検査のことも忘れていたのだけれど、友だちの言葉でその検査内容までしっかりと思い出した!

夫は、実は3年前から、「おかしい」と思っていたらしい。確かにその時はひとつだけだった。それが今は2つに増えている。

まあ、今は痛さはあまりないから、自分的には大丈夫だと思っている。もしかしたら、全然違うことかもしれないし。杞憂でありますように☆

それに普通に日常生活を送れているし、きっと同年代の人たちよりも、私は体力もあるし運動能力も高い。それはとても感謝するべきことだと心から思う。ずっと、ずっとそうでありたい。なので、デトックス!笑

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足湯には、エプソムソルトとエッセンシャルオイルを。今回、選んだのは、クローブ、ローズマリー、ペパーミント、レモン。デトックス系のものばかり。笑

気持ち良い時間が流れて、心も体も緩んだよ。

ついでにフェアリータロットカードを引いてみたら。( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ

今の自分にピッタリの言葉が。

節目なんですね、やはり。人生、楽しまないと~♡ つくづく、そう思います。

Dr. Jane Goodallの講演会。

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KLにやって来たDr. Jane Goodallのスピーチを拝聴する機会に恵まれて行って来ました。彼女は、世界的なチンパンジーの行動学の権威であって第一人者の研究者、国連の平和大使でもあり、御年82歳にして1年で300日以上、世界中に講演のために飛び回っています。シャキっとしたお姿と歩き方は若い人そのもの。頭脳明晰で今でも、素晴らしいスピーカーであることに高齢者という印象はまったく受けませんでした。

何よりもお話が面白く、感動あり、知識が深まり、彼女の魅力に引き込まれて2時間があっという間に経ってしまったのです。それほど素晴らしいトークでした。

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彼女はまず、ご自身の母親について述べられました。

1歳半のジェーンが、そのころから動物や虫などが好きであって、両手に抱えきれないほどの虫を部屋に持ち帰った時のこと。これは後程、博士が大きくなってから聞かされた話です。

博士の母親は、「ジェーン、これらの虫たちは外で幸せに暮らしているの。うちの中では窮屈で食べ物もなくて死んでしまうのよ。だから一緒に元の場所に返してあげましょう」とだけ言って、そのまま静かに一緒に虫を外に放ってあげたそうです。

普通の母親なら、虫だらけの娘を見て驚きの叫びを上げて幼児を怖がらせたと思えます。

またジェーンが4歳半の時に、ロンドンから郊外の農場に遊びに行ったときのこと。母親から、「めんどりの卵を集める係になってみる?」と動物好きのジェーンに話しかけたそうです。ワクワクして幼いジェーンは、颯爽とめんどりを見に行ったそうです。

近づくと逃げまどい、卵はそういう環境では産まないということに気づいた4歳半の彼女はそっと鶏小屋の隅にあった干し草の山の脇に隠れて何時間もそこで鶏を観察したそうです。そして、そこで気づいたのは、鶏は静かでやや暗い場所で卵を産むこと。その場面を目撃してとても感動した幼少時のジェーン博士でした。

すっかりと周りが暗くなって、干し草まみれで農家に戻ったジェーンを、気が狂うほど心配して探していた母親は、ジェーンを叱ることもせずに興奮と大発見で目を輝かせた幼児を座らせて、その話を聞いたそうです。

そして、母親は叱ることも、やっと娘が見つかって安堵感からヒステリックになって叫ぶわけでもなく、ただ一言、「そんなに動物が好きなら、お小遣いを貯めて古本屋で動物の本を買って勉強したらどう?」と勧めたらしいです。

そこからジェーンは毎月もらうお小遣いを貯めては、大好きなアフリカ系の動物の本を買ってはむさぼるように読んでいくようになりました。

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時は第二次世界大戦終了直後で、財政難であって大学に行けることもなく、そのまま秘書として働き始めた若きジェーン。彼女の夢は、「アフリカに行って、動物を研究すること」でした。ところが、誰にもその夢は理解されることもなく、バカにされたり、反対に止められるだけだったそうです。

唯一、母親が、「きっとそういう機会も来るときがあるかもしれないから、勉強だけは続けなさい。忍耐強く継続しているうちに道は必ず開けるものよ。努力だけは常に忘れずに!」とアドバイスしてくれたそうです。

そして時はめぐって23歳の時にすでにアフリカにいた友だちにアフリカへの招待を受けて行く決心をしたジェーンは、秘書の仕事を辞めて、ウェイトレスとして朝から晩まで働いて旅費を貯めたそうです。そして、やっと船でアフリカへ。

到着してからは、いろいろと縁が繋がって、原子人類学者でもあって考古学者のルイス・リーキー博士と出会い、彼女のアフリカ動物への造詣の深さ、博識さに舌を巻いた博士はジェーンをアシスタントとして雇いました。

やがて彼女はタンザニアのゴンビ川国立公園で、チンパンジーの行動学について研究することになります。そのスポンサーをルイス・リーキー博士が探すことになりましたが、博士号はおろか、大学にも行かなかったジェーンの研究には誰もスポンサーになるものがおらず、最終的にアメリカの投資家が彼女の研究に6か月間の期限付きでスポンサーになることを約束したのでした。

彼女の研究を応援するべく、イギリスからジェーンの賢母がタンザニアへ訪れ、毎日の生活の中で彼女を常に励まし続けます。チンパンジーが道具を使ってアリを集めることや、動物の肉を食べることもあること、言葉を使って意思の伝達を仲間同士ですることなどを実際に観察して発見するわけですが、当初の彼女はそういう発見をしても、それが「大きな発見」だとは彼女自身、思っていなかったようです。

母親の娘の業績を冷静に観察する眼と、その言葉によって、自分の発見の偉大さを知らされた若きジェーンは、ルイス・リーキー博士との連名で研究報告をして、一躍、チンパンジー行動学の第一人者としての地位を築き上げたのでした。

そして、そのリーキー博士の尽力によって、ジェーンはなんとケンブリッジ大学の博士課程へと進むことになったのです。その時のリーキー博士の言葉は、「私は一生、生き続けるわけではない。君はいつの日か、自分で研究費用のスポンサーを見つける必要がある。そのためにも博士号を今、取りなさい。そうすれば、自分でスポンサーを見るけることができるようになるだろうから」というものでした。

彼女はケンブリッジ大学が始まって以来、8番目の大学の学士を持たない博士になりました。その博士号は動物行動学です。彼女の研究スタイルは、その当時、物議を醸し出すこともあったそうですが、彼女がグダール博士と呼ばれるようになるころには、名物共にチンパンジーの行動学において、世界の権威者となったのです。

そして大好きなジャングルでチンパンジーとの共生を諦めて、スピーカーとして全世界を駆け巡ることになったのは、その愛するチンパンジーたちが開発やお金目当てで殺されたり、捕獲されたり、住む場所を奪われたことに発端しました。

理想のジャングルをキープするためには、その周辺に住む住民たちが仕事を得、満足な収入があれば、チンパンジーの住むジャングルを奪うこともなく、金銭目当てでチンパンジーを殺したり捕獲することもないと判断したジェーン・グダール博士は、その啓蒙と寄付金を募るために財団を設立して、ゴンビ川国立公園周辺の原住民の教育と職業訓練のために奔走し始めたのです。

そして、チンパンジーと原住民たちが共存出来る仕組みを作っていったのでした。今でも博士はチンパンジーのため、国連平和大使として、そして様々な人たちを啓蒙するために講演して世界を飛び回っているのです。

彼女の今回の講演の題目は、”Finding Life's Passion(人生におけるパッションを発見する)”というものでした。

彼女の締めくくりの言葉は、「機会を逃さない(Take advantages of opportunities!)」と「あきらめない(Never give up!)」でした。

まさしく、その通りだと思います。そのためには、彼女の賢母が言ったように「常に努力して準備すること」でしょう。

小さな子供たちから私たちの世代(母親世代)、そしてその上のシルバーエイジの人たちにも、どの世代の人たちにも感銘を与える講演でした。

参加できたことに感謝☆

そして参加者には、日本人が方法を編み出した、この波動たっぷりのミネラルウォーターが配られました。また、博士のチンパンジーやその周辺の住民たちへの保護や教育+訓練のために寄付したので、こんなオサルさんのぬいぐるみをもらいました。

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これを見るたびに、人生の励ましとなると思います。私もまだまだやりたいことが山ほどあります!何もせずに文句が多い私ですが、これを機会にもっともっと自分の可能性を広げていきたいなと思いました☆


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minou

Author:minou
マレーシアのスバンジャヤで、ミーシャとカリッシと夫と生活中。 
好きなものは、美味しいもの、旅行、美しいものを見て写真を撮ること、瞑想、ヨガ、絵を描くこと、まったり独り時間。
楽しく愉快な毎日を過ごしています♡




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