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今更ながらの気づき。

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人間の考え方は、シチュエーションによって千差万別の見方があって、どれが正しくて、どれが正しくないかなんて物差しでは測れない場合が多い気がする。

ある人にとっては、Aの方が正しいけれど、別の人にとってはBの方が正しいと考えることが多々あると思う。それも同じ民族でも、家族の中でもその考え方はまるっきり違うことがある。

私は恥ずかしながら、ついこの間まで、頭ではこの考え方の違いを分かっていてもよく理解することができない事柄があった。それは私の幼児期から思春期に起こった事柄のことだった。

当然、その期間は私は子供だから、親の庇護下にあるはずだ。だけれど、その時期に私に起こった様々な出来事は、私を早く成長させ、高校のときから海外に出てしまう道を作り上げた。早く逃げ出したいと、その当時は思春期とあって、もっとその思いはデフォルメされて大きかったのかもしれない。

ただ、20代になって、物心ついたときから起こり続けて来た事柄によって、私は次第に苦しめられて悩んでいた。当時住んでいたアメリカで心理学者のカウンセリングを受けることになった。そのときにカウンセリングをしてくれたDR. Bは、私の過去の話を聞くと、彼は静かに泣いていた。そのことにも驚いたのだけれど、それほど私の心の傷は大きかったのだと改めて思った。

それからの5年間は、地獄の苦しみだったと思う。いろいろなものを心から解き放し、認識してショックを受けてというようなことを繰り返した。小さな子供の心の痛手はなかなか癒えるものではなかったのだ。

その中で、認識して容認して諦められて、解放したものもあれば、そうではなく、いつも心の底で滓のように留まっていたものもあった。

私の中では、「私は被害者だった」というラベリングが行われ、その長年に渡る出来事とそれにまつわる親に怒りを感じ続けていた。

それが氷解し始めたのは、今年の4月だった。チェンマイに長期瞑想に行って、やっと「心から母を許せると思いました」と言ったときに、ある瞑想教師から、「それは自分を許したことになるんだよ」と言われてハタっと気づいたのが最初。

そして、この間のコーチングで、また新しい気づきがあった。

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最終的に氷解したのはつい最近のことだった。

瞑想中に、やっと気づいたのだ。

もしかしたら、私は一方的に『被害者の立場』としてだけ物事を見ていると。どんな事柄でも、もしかしたら俯瞰的に、あるいは別の角度から見たらもっと物事は違うように見えるのかもしれないと。

残念ながら事実は自分の好きなようには書き換えられないけれど、自分のそれに対しての見方は変えることができるのだ。

考えてみると、母はビジネスウーマンとしては偉大だ。女手ひとつで年商1.5億以上の売り上げを長年続けて来たのだから。恥ずかしながら、私が会社を興しても、それだけの売り上げは上げられなかった。それの何分かの一だけだった。

それに、何でもお金で解決する母も年頃になったら疎ましく思う自分がいたのだけれど、早々に自分は日本では伸びないと思ったときに、大金を出して、私を高校+大学とアメリカに留学させてくれたのは母だった。それだけの大きな金額を彼女は頑張って出してくれていたのだ。日本で学校に行った方が安上がりの時代に、アメリカの学生と大差ないようにとお金をたくさん送ってくれたのは彼女だった。

彼女からすれば、自分には時間がないから、お金で解決することは解決しようと思っていたに違いない。それが悪いかどうかは、誰も判断できないし、日本で閉ざされて難しい家庭環境でストレスを抱えているよりも、私自身が海外に出た方が良かったのだ。

そんな幸運に恵まれていたのに、感謝出来ないでいた私。

そうか、それが母流の愛情のかけ方だったんだと気づいたときに、自然と腑に落ちて今まで見えなかったものが見えて来たような気がした。

よく「子供は親を選んで来れない」というけれど、本当は「このうちに生まれて来よう」ということを自分で決めてこの世に生を受けるのだと私は思う。この世界に来る前に、この世の中で何が自分に出来るのだろう?という課題とかお約束事を予め決めて、その通りに生まれて来る。

そして自分なりに長い、あるいは短い人生の中で、その問いに答えを見出そうとするのではと、私は考えている。

それなら、Do NOT hold grudges! (根に持つな!) 

そんなことよりも、自分のこの世でのミッション(約束事)を見つけ出して、それに沿って生きて行く方がはるかに効率的でハッピーな生活が待っていると思える☆

自分のつい最近の気づきを言葉に表現してみようと思ったけれど、完全に意図するように表現出来ているのかどうかは分からないけれど...

目からウロコでした!そして長年の心の滓が完全に溶け去った瞬間でもありました。

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そうしたら、急に母の声を聴きたくなって電話する自分がいた。そして電話口に若々しく弾んだ母の声を聴いたときに、彼女がどれだけ今、充実した残りの人生を歩んでいるのか瞬時に分かり、それは私にとっても幸福感をもたらす相乗効果があった。

母のことを人生や仕事の師として、引き立ててくれている義妹に心から感謝 彼女には言葉では言い尽くせないほど、助けてもらっている。素晴らしい義妹でよかった!そして、寂しがり屋の母にとって、実家は大き過ぎたけれど、実の妹が今年の春から一緒に暮らしている。叔母が引っ越して来たのだ。ズボラな母の面倒をよく見てくれる叔母の存在は大きい。

遠くに離れていても、あまり心配が要らないのは義妹や叔母の存在が大きいから、大船に乗った気分の私。

物事って、うまく回るように出来ているのだ。最初は上手くない様であっても、自分を信頼して(これが一番難しい)、一生懸命に頑張っているとだんだんと道が開けて☆ 

こういう気づきは、本当にありがたい。結局は、やはり愛(LOVE)なんだと思う。何でも受け入れる愛。難しいようでいて、優しい。

どんな事柄でも、春は来るものだと、改めて思える気づきでした。

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No title

私も同じ。
色んな事があって、一日でも早く実家を出たかったから、高校を卒業した後は親に頼らず、大学も行かないで一人で生活してた。

叔母さんが一緒に暮らしてくれるって安心だね。

Re: No title

reeちゃんはもっと大人だったね。
甘えずにちゃんと生活したんだもの。
私は、その反対だった。逃げたくて逃げたけれど、親に費用を出してもらっていたから。笑

そうなの、とっても母の声が明るかったよ^^
いいこと~♡

No title

良かった・・・本当に良かった。
やっと自分で自分を解放することが出来たんですね。
今まで以上に充実した日々を楽しんでくださいね。

Re: No title

noriさん、どうもありがとうございます。☺
解放して、やっと自由になれました。
今のところ、これでいいと思っています^^
毎日、少しずつ玉ねぎの皮をむくように軽くなっているのを実感します~☆
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minou

Author:minou
マレーシアのスバンジャヤで、ミーシャとカリッシと夫と生活中。 
好きなものは、美味しいもの、旅行、美しいものを見て写真を撮ること、瞑想、ヨガ、絵を描くこと、まったり独り時間。
楽しく愉快な毎日を過ごしています♡




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